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鎌倉の散歩道  ・・・・・・  37
鎌倉文学散歩  (8)

− 大船駅から岩瀬・高野経由で北鎌倉駅へ −

 岩瀬方面に行く前に、柏尾川の向こう側に行くところが2箇所あります。 以前、見学したことのある大船軒の工場の前を行きました。 ここの押し寿司について記した国木田独歩の紀行文があります。

▲ 大船観音 ▲ 鯵の押寿し

 独歩は明治40年の夏に行った「湯河原ゆき」の中で「自分は先ず押ずしなるものを一つ摘んで見たが酢が利き過ぎてとても食へぬので止めにして更に弁当の一隅に箸を着けてみたが‥」とあります。 独歩は結核が進行しており、味覚も普通ではない状態の旅行でした、と『鎌倉文学散歩』に記してあります。

▲ 大船軒工場 ▲ 北条秀司の家

 細い道に入って進むと立派な門構え高い生垣に囲まれた家がありました。 門は堅く閉ざされていましたが「北条」が掲げられていました。 昭和29年から没年まで北条秀司が過ごした家のようです。 新派、歌舞伎、新国劇、宝塚歌劇の演劇作家として活躍しその貢献で菊池寛賞を受賞しています

▲ 龍宝寺 ▲ 本堂

 そのお墓が龍宝寺にあるというので行きました。 境内入口のイチョウは、まだ黄葉半ばでしたが本堂手前の冬桜はまばらながら、花をつけていました。

▲ 北条秀司墓 ▲ 竹林

 右手に入り坂を上ると墓地があり、一番奥まったところに「北条秀司 北天に帰らん」と彫られたお墓がありました。 没後、11年経っていました。戻って、砂押川沿いの道を行きます。 桜並木も老齢化していますが、最近、これを元気にしようと、地元の人たちを交えての活動がなされていると、新聞にでていました。
 鎌倉街道に出、右折して大船警察の手前に、清水基吉氏のお住まいがあるはずで、探しましたが、見つかりませんでした。筆名かもしれません。 戦時中、「雁立」で芥川賞を受け、鎌倉文学館設立に尽力し、14年間、館長を務めています。

▲ 高野 ▲ 北鎌倉駅周辺

 平成10年、「ブェノスアイレス午前零時」で、芥川賞を受賞した藤沢周の住まいが高野にあるというので、登りました。ここも残念ながら、見当たらずでした。
 藤沢は北鎌倉駅近くにある「侘助」を、仕事場、客間として使っているそうで、行けば会えるかもしれませんヨ。
 団地の途中で左折すると、山裾ぞいの道があり、駅方面への近道でした。 途中、思いがけず、正面に富士山が現れ感激しました。丹沢山塊もくっきり見えました。 通称権兵衛踏切の手前に、40年に没した高見順が住んでたところがありますが新しい住宅が立ち並び、偲びようがありません。 毎日出版文化賞を受けた『昭和文学盛衰歴』や、死の直前まで書き続けた『高見順日記』も著名です。
 「侘助」を右に見て、北鎌倉駅ゴールでした。


制作:太郎/亜郁  協力:ひろさん

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