鎌倉にゆかりのある方にお話を聞く…第19回 My 鎌倉
今回のゲスト
浅井一志さん(社団法人清和会常務理事)
 浅井さんは福祉の仕事に携わって約40年の経験をお持ちの方です。神奈川県でお仕事なされた後、今は鎌倉市内の更生や授産を目的とする社団法人清和会で働いていらっしゃいます。また、浅井さんは俳句を詠む趣味もある粋人でもあります。句材になるような鎌倉の持つ風景の魅力、そして福祉の仕事を通して感じる人と人の関わりあい方などの、お話を伺いました。

 鎌倉という街において、私が意識するのは「障害者に住み良い街作り」というものに尽きると言えます。私は平成2年から鎌倉の清和会という社会福祉法人で仕事をさせて頂いていますが、鎌倉市は福祉の面で非常に力になって下さっています。平成10年に、市が笛田にビンや缶などを扱うリサイクルセンターを作りました。たまたま近くに当方の施設があり、障害者がリサイクルセンターで働くことになりました。当初、障害者の働く場の枠という事で実習したのですが、仕事に対する評価を頂きまして、現在では生活ホームにおります4名の方たちも就労しています。この生活ホームというのは、障害者が外で働くことを目的として、その住まいを確保している、いわば寮のような場所です。このように、知的障害者が働けるそのような場所を確保するという事が、すなわち障害者と市民の接点にもなりうるのではないのでしょうか。例えば、当方の「鎌倉はまなみ」という施設の作業に製パンがあり、地域の方々にパンの販売も行っています。日常に生活の中で、みなさんがパンを普通に買うことが福祉につながるわけです。こういう日常的な関係が、これからの福祉には必要なのだと考えています。鎌倉は古い街なので、障害者にとって、段差や狭い道の幅などの物理的な障害が多いかもしれません。だから、福祉活動が浸透していくのはこれらだとは思います。しかし、地域の方々の意識という面においては、鎌倉は素晴らしい地域だとも言えるでしょう。例えば、社会福祉協議会(社協)という、地域の団体があります。これは、他の地域ですと民生委員などの、いわゆる福祉関係者が構成員になっています。確かに福祉を推進するといった意味では、そういう福祉に関して充分な知識のある方々は必要不可欠です。鎌倉の社協には町内会の方や青少年指導員などの、地域の方々が参加して下さっています。これは、福祉を身近な物として受けとめようという意識の現れなのではないかと思っています。鎌倉市、逗子市というのは県下でも高齢者の方の多く住む地域です。高齢者の方に優しい街作りができれば、知的障害者にも同じことが言えると思います。これから自分たちの街をどのように作り上げていくか。これは、我々福祉に携わる人間も、地元に住んでいらっしゃる方も、共通の問題なのではないでしょうか。さて、私の仕事から見た鎌倉に多くの紙面を割いてしまいましたが、少しだけ個人的な鎌倉についてお話ししたいと思います。私は旧制中学のときの2年間、四国松山におりました。松山には高浜虚子という俳人がいることから、俳句を読むということに興味を持ちました。鎌倉は四季折々の美しい自然の中に、虚子の娘さんの星野立子、弟子の松本たかし、その他石塚友二さんなど、多くの俳人が住んだ所でもあります。また、私が師事した飯田蛇笏、龍太親子も、山梨の人なのですがこちらで句を作ったりしています。 ですから私は、そういう方達の句を通して鎌倉の景色を見ている様な気がします。例えば星野立子の「大仏の冬日に山は映りけり」という有名な句などを味わうと、冬の大仏の佇まいなどを思い浮かび、では自分もと、思わず足を運んでしまいます。音無川の河口近く、海の見えるあたりにある西田幾太郎の碑から見る夕景などは、心に染みてくるような情景です。発句のために出歩くことは滅多にありませんが、昼間などに見た何気ない景色を句にするのが、私の出勤前の日課です。私の「鎌倉の小春の寺に鞠つく子」という、先生が鑑賞して下さった思い出深い句もあります。このように私は仕事と俳句といった二つの面で鎌倉とつながっています。残念なことに家は市外にあるのですが、こんな鎌倉との付き合い方も、贅沢で面白いのではないでしょうか。
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