カンボジア古典舞踊の理解のために


カンボジア古典舞踊の理解のために

山中 ひとみ

カンボジア古典舞踊の歴史

カンボジア古典舞踊を一言で説明すると「アンコール・ワットに伝えられる踊り」ということになります。

王立プノンペン芸術大学芸能学部長のプルン・チアン教授は「カンボジアの全ての芸能のもとは宗教だ。」と言っていますが、その宗教は日本と同じように緩やかで複合的な要素を持っており、インドから伝わってきたヒンドゥー教、仏教、そしてアニミズムの信仰と習慣が結合したものです。

アンコール王朝時代、踊り手はすべて女性で、人間と神の媒介の役割を担っていました。

14世紀アンコール王朝がタイのアユタヤ王朝に敗れたことにより、この古典舞踊の黄金期は終わり、舞踊教師と踊り手たちはタイに連れ去られてしまったと碑文に残っています。

古典舞踊の再興

古典舞踊が再興されたのは19世紀、アンドゥオン王の時代で、幼少時タイで学んだアンドゥオン王はタイの宮廷文化とカンボジアの宮廷に伝えられていた舞踊を合わせ、カンボジアの古典舞踊を再興しました。

苦難の時代

しかし、19世紀から20世紀にかけても、カンボジアは苦難の時代が続きます。

フランスの植民地時代、第二次世界大戦の後もポルポト政権下では舞踊教師や踊り手は王室に関わるものとして多くの人が虐殺され、その後の混乱期を経て社会主義時代に、舞踊団は国立となり、歌詞の言葉遣いや内容も政治の影響を受けました。

1991年の和平協定以降、舞踊も再び王制と関わりを持つようになって、現在も依然として宮廷舞踊、奉納舞踊の性格が色濃く残っています。

踊りが表す壮大な宇宙観

代々の舞踊の師匠の魂や神々へ礼を捧げるソンペア・クルーという儀式が、公演前や毎週木曜日に必ず行われます。
冠やお面には魂が宿ると信じられ、お線香や、ろうそく、ジャスミンの花、お供物を並べます。
この敬意は、良いものだけでなく、悪いものにも捧げられます。それは善と悪、知性と荒ぶる力が永遠の戦いを繰り広げている、彼らの宇宙観に基づいています。

そして、舞台上の物語は必ずハッピーエンドで終わらなければならず、それは善が悪に打ち勝つよう願いを託しているのだと考えられます。

主なモティーフ

舞踊の主なモティーフは、リアムケー(カンボジア版ラーマーヤナ物語)や天女アプサラなどで、高貴な主人公、柔和な女主人公、夜叉、猿の4つの役があります。
以前は全て女性により演じられていましたが今は猿と劇中の仙人は男性によって演じられています。

衣装、冠、装身具も彼らの宇宙観を表現しています。

音楽は「ピン・ピアット」と呼ばれる古い形式の合奏で、木琴、ゴング、笛、太鼓など七つの楽器からなり、これに3人の歌い手がつきます。

身体の動き

身体の動きは、
  • 手足の指先を反らす
  • 全てを回転させる
  • 力を入れて押しつける

    という動きに集約されます。

    細かく説明すると長くなりますが、踊り手は手そのものが生きているように「命ある手」を持たなければなりません。
    また、指が反り返るのは大蛇ナーガの尾を表していると言われています。
    肩胛骨を回転させるのは大蛇ナーガが這う様子を模し、ひそやかに息をするように動くことが大切とされます。
    蛇はカンボジアの文化と深い関わりがあります。

    姿勢はお尻を「赤アリ」のように後方に突き上げ、ひざを曲げて重心を下げながら、ときどき上方に伸ばします。
    歩幅は小さく体重は常に前脚にかけ、空間の密度を高めるよう言われます。

    この特異な姿勢・重心のかけ方がゆっくりとしたリズムや舞台上の性別の在り方と共に、踊り手の周りにあたかも日常とかけ離れた異次元の時空間を現出させているように見えるのです。