(左より1番目)
唐破風付笠塔婆
正面全体に「青面金剛童子」と草書体のような文字で刻む。

文化九年(1812)の銘があります。


この前年、司馬江漢が随筆集を書き、「鎌倉についての見聞も記述」とあります。
その中に、「どこも地蔵」(今は、瑞泉寺にある「どこも苦地蔵」のことでしょうね。)の話があるそうです。
あるとき、このお地蔵さんをお守りしていたお坊さんが、あまりにも貧しいので、どこかよそに移り住もうと考えた時のことです。するとお地蔵さんが「どこもどこも」といったとのこと。
なるほど、どこへいっても苦しさは同じとお坊さんは悟り、そこにとどまったそうであります。


このお地蔵さん、昔は扇ガ谷にあったとのことですが、私が住んでいるところです。「どこもどこも」は今や家内の口癖なのです。