ニュースの一齣から

12月の絵  ある朝、NHKのニュースを見ていたら、こんな光景に出会った。北京の街で、体操の専門学院の監督が、小学校の一、二年ぐらいの男の子に、体操の選手にならないかと 、声をかけていて、その母親が、この子にはそんなつらいことはやらせたくない、とても続かないと思う、と答え、本人も首を横にふるばかりで、全く興味を示さないのである。その家族は、日本風に言えば、中級のサラリーマン一家のようであったが、両親のにこやかな表情には、生活の豊かさが感じられた。中国も変わったんだなあ、という実感だった。
 十五、六年前、中国の伝統文化である京劇のドキュメント映画の製作を企画し、スタッフ数名と、北京、西安、上海とロケハンに行った。鍛えに鍛えた肉体と技術によって 演じられる本場の舞台に魅了されたが、それ以上に劇団の付属の学校に於ける訓練、教育のすさまじさに、私たちはこの国の持つ計り知れないパワーを感じたものだ。そして、幼い子供たちを、この学校に入れるのが親の夢で、この学校に入れれば、ある種のエリートコースにのることだったようだ。地方の子女(京劇も女優を育成している)は、競ってこの狭き門を目指していたという。
 京劇と体操とは違うかもしれないが、一九六〇年代ぐらいまで、体操王国を誇った日本に追いつけ追いこせで、アっと言う間に中国が世界の頂点に立った時期があった。然し、八〇年代ぐらいからは、ロシアを始め東欧諸国やアメリカ勢が台頭、中国の体操界も追い越されつつあるように思う。 中国という国家が、自由経済の方向へ舵をとり、国民生活にも自由主義国家と変わらぬ豊かさが広がっている中で、私が十五、六年前に感じたこの国の底知れぬパワーのようなものがまだ残っているのだろうか、朝のニュースの一齣が、私にそんな思いを抱かせた。 志願者の減少に悩む体操学校の監督の表情に、諦めに近 いものが漂っていたのが、妙に印象に残った。

鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネル鎌倉」
平成11年12月号掲載
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