守り続けること

11月の絵  二十代の頃から、月に一回、原則的には月末に近い日に集まって一杯呑む会があり、今では毎月とは行かないが、年に三、四回顔を会わせることにしている。月末に集まるから「つごもり会」という会名で、最初のメンバーは五人だったが、その中二人が欠け、今は新しい顔も加わって七人でやっている。

 一ヶ月程前、たまには一泊して浴衣がけで語り合おうと箱根の某旅館に出かけた。もう十年近く行ってなかったのだが、それ以前はよく出かけては徹夜で呑んだり、麻雀をしたりした懐かしさもあって、私がそこを選んだ。「つごもりの会」として行くのは初めてだった。

 その旅館の悪口を言うつもりは全く無いことをあらかじめお断りしておくが、久しぶりに行ってみて、昔ながら落着いた部屋のたたずまい、お料理、そしてお風呂に、何十年も変わらず、三代に亘り女主人が守り続けた格調の高さを感じはしたものの、いくつかの不便さが気になった。お風呂は相変わらずきれいに磨かれた桧の湯船が心地よく、窓外の緑の樹々の眺めや川音の響きも、大袈裟に言えば悠久の時間(とき)を感じさせてくれるのだが、よくみるとこの風呂場には上がり湯がない。勿論鏡もない。また殆どの客室にはトイレがついていない。嘗てよく来ていた頃には全く気にもならなかったことが、今の時代では不便さと感じてしまう。こちらが歳をとったせいもあるかもしれないが、近年の旅館のホテル形式の何から何まで揃った設備に馴らされてしまったせいだろう。殊に初めて行った人には、不便さの方が目につくのかも知れない。時々辞めたくなることがございます、2代目の大女将がポツリと呟いた。時代の変わりゆく中で、伝統を背負っていることのつらさが滲むことばと感じた。
 便利さだけが果たしてお客様へのサービスなのかどうか、忸怩たる思いで家路についた。

鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネル鎌倉」
平成9年11月号掲載
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