世のさだめ

 もう六、七年前のこと。その頃わが家の隣りに四十年近くも空家のまま放置された廃屋があり、近所の野良猫どもの格好のたまり場になっていた。

 ある日、母親からはぐれてしまったらしい生まれたばかりの子猫が二匹、栄養不良でヒョロヒョロしているのを見かねて、牛乳を呑ませたのが縁のはじまりで・・・。

6月の絵  雄の方が兄貴でお蝶、雌の方が妹でトラ、どう考えても逆の命名なのだが、これには仔細があって、お蝶は白黒のブチで鼻のてっぺんが黒いのを、その昔鼻黒お蝶という仇名のバーのママさんがいたのを申し訳なくも思い出したからで、トラは単純に筋目の通った虎斑の毛並みからつけただけだ。トラは成育が悪く、呑むのも食べるのも他の猫からいつも遅れ勝ちになるのを、しっかり者のお蝶は自分の順番を譲って、トラが済むのをじっと待っている美しい兄妹愛。次第に情が移って、お蝶とトラだけはわが家の玄関前で餌を貰うようになっていった。

 それが、一年経つか経たないかのある日、突然お蝶がいなくなった。近所の猫好きの家のあたりを随分探したが杳として行方知れず。トラだけが必然的にわが家の飼い猫風になっていった。

 二年程前、突然お蝶が帰ってきた、のだと思う。尾羽打ち枯らして、という表現がピッタリの、全身うす汚れ、痩せ細っているが、わが家のコンクリート塀の隅の方に坐って、じっとトラの方を見ていた。お蝶かい?お蝶だろ?と何回呼んでも反応が無く、トラも又殆ど感情の動きを見せなかった。二、三回そんなお蝶を見たが、又ぷっつり姿を消してしまった。そしていまやトラは、飼い主のことばを半ば解するようになり、その愛を一身に集めている。
 人の世の運不運も又、所詮はこうしたものなのであろう。(S.Y)

鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネル鎌倉」
平成8年6月号掲載
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