ことばと人

 昨年の話だが、政府の税制調査会の会長であるHさんが、公務員宿舎に知り合いの女性と宿泊していたことで、辞任に追いこまれた。Hさんが、そこに泊る資格があるのかないのかよくは知らないが、問題にされたのだから適格ではなかったのだろう。関西の方だそうだから会議のため東京に滞在されるのは当然だが、ホテルに泊るのと比較にならない位安い宿泊費だそうだから、職権乱用と言われても仕方がない。テレビで本人の弁明を聞いていたら、同宿の女性について、目下妻と離婚協議中で、その女性とは真剣な交際をしている、というようなことを、引きつったような表情で語った。異なことを言う人もいるものだと呆れた。まず第一に、いまブームのマンザイ流に言えば、そんなこと聞いてネエよ。次に、妻と離婚協議中ならまだ当然妻帯者だ。真剣だろうか不真面目だろうが、言訳する以前の倫理上の問題であって、人前で堂々と口にする神経がどうかしている。真剣なら許されるとでも思っているのか。平凡な市民生活をしている人間ならば、こんなこと言ったら笑われること位誰でも知っている。流石に唖然としたが、記者からつっこむ発言すらなかった。そして遂に辞任となったが、それに対する総理大臣の発言にも参った。「ご本人が一身上の都合でお辞めになるのだから、任命責任には当らないと思う」。たしか幹事長も同じ趣旨の発言で問題にはならないと言われた。この位のことしゃあしゃあと言わなければ、政治家なんかつとまらないよ、と訳しり顔にうそぶくのを、インテリと錯覚するようなことは、もうやめた方がいい。われわれの常識から言ったら、こんな重要な職責を、就任わずかで一身上の都合で投げ出すような人物を任命した責任の方が蓬かに大きいと思うのだが…。身にふりかかる火の粉を払うことばかり考えているのでは、江戸の火消しもつとまらないよ。
 爽やかな気分になる発言もスポーツ界にはあった。阪神の金本選手、契約更改に当って、球団の提示額に自らダウンを申し出て、その分をチームスタッフに還元してもらうことにした。選手の蔭で働く裏方さんもプロの一員と認めて欲しい、球団が待遇改善を約束してくれたので感謝している、そんなコメントが新聞に載っていた。勿論、金本選手の年俸は、日本人選手の最高額で、それだけ貰えりゃ、その位言えるよ、と思うのは安サラリーマンの繰りごとで、誰だってお金は多ければ多い方がいいと思うのは普通だ。しかもそれを裏方さんたちに廻して、というところがシビれる。全試合全イニング出場という金本選手の物すごい記録は、体力だけの問題ではない。野球に対する真摯(しんし)な心だ、情熱だ。
 少しケースは違うが、いい言葉だと思ったのは、メジャーのレッドソックスに入団することが決った松坂投手のことばだ。くわしいやりとりは覚えてないが、大リーグ挑戦は長年の夢でしたか、といった記者のことばに、"ボクは夢ということばは好きじゃない、夢はもちつづけても叶わないもの、追いつづけるものというイメージがある。ボクは子供の頃からいつかアメリカの大リーグのマウンドに立つと信じてきた。今口の日が来ると思って野球を続けて来たのです。
そんな意味のことを、にこやかに、少し恥かし気に語った。一昔前なら、生意気なこと言う奴、という人もいただろう。自信、というのは、秘するものというのが日本人の美徳であったように思う。今は、時代も変わったが、自己主張を堂々とすべきという風潮がある。松坂投手のように、誰がみても日本のプロ野球のトップであることは間違いないのだから、大いに自信をのべ、若者らしい意気込みを見せてよいのだろう。ただ、それだけ結果責任を重く間われることは覚悟すべきだろう。われわれは、松坂投手の速球に、大リーガーの選手がキリキリ舞させられるのに、拍手を送りたいだけなのだから。
 話が又冒頭の件に戻るが、Hさんの辞任から日を経ずして、S大臣の不正経理問題が起きたが、この方はご本人の辞任申し出が早く、官邸サイドでは、法的に問題なしを主張したかったようだが、どうにもならなかった。言いたいことは、若くして一国の総理となった安倍さんに大いに期待したいと思っているだけに、国民が白けるような強、詭弁は止めて欲しい.前の小泉さんは、詭弁だが、論点を逸らして、自分の言いたいことだけ一方的にしゃべりまくるという困った特技があったが、そういう継承はなさらぬ方がいい。「美しい国づくり」をなさりたいなら、「誠実なこころ」をもって語ることが、何にもまして、国民のこころを捉えるのではないだろうか。
山内 静夫
(鎌倉文学館館長・KCC顧問)

鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネルガイド」
平成19年2月号掲載
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