墓参

 その日が祭日であったので、彼岸の入りの一日前であったが、妻と墓参りに行った。お中日(ちゅうにち)だけ、京浜急行が臨時に鎌倉霊園の中まで入るバスを運行してくれるが、その日は何故かその臨時バスが出ていて、しかも私達が駅前に来たら丁度そのバスが出るところで、これ幸いと乗りこんだ。霊園に着いたら、そこにいたバス会社の人が、霊園からの要請で臨時運行したが、思ったよりお参り客が少いので、次の便で終了するという、さて帰りは太刀洗いのバス停まで歩かねばならないなと思いつつ、墓所へ向った。
 先祖の墓を、多磨霊園から鎌倉に移したのは、四十年位前のことだと思うが、何しろ多摩は鎌倉から行くのが容易ではなく、一日がかりになってしまうので、その頃出来て問もない鎌倉霊園に移したのだが、その後この霊園の拡張のめざましく(?)、近頃は近くて便利どころか、近くて遠いところになってしまった。ご承知の通り、この霊園は西武グループというか、コクドというのか、堤さんの開発したもので、昨年辺りから急速に凋落しつつある同グループの中では、いまだに拡張を続けている優良企業で、傾斜地に段々畑のように広がっている墓地を、この霊園で一番高い場所にある堤家の大墓所の下あたりから眺めるとまさに壮観で、創設時からみると、十倍近く大きくなったように見える。お墓の値段というのも並大抵のものではないから、下司(げす)の勘繰(かんぐ)りで、他人(ひと)の懐具合が気になったりする。但し、この霊園の良さは、夕景などの相模灘一望の眺めである。鎌倉を取り囲む丘陵の中では高い処なのであろう、三〇〇度位の大パノラマで、墓参りをすれば誰でも多少は心が洗われたような気がするものだが、それに輪をかけて、スッキリと爽やかな気分にさせてくれる。その日も休憩所に近い芝生の広場で、小学校三、四年の男の子がお父さんをキャッチャーにして、ピッチングをしていた。芝生に座り込んでわが子の球を受ける若いお父さんの傍に小さな女の子がひとり遊びをしている、私など近頃鎌倉ではあまり見かけない微笑(ほほえ)ましい姿で、霊園というようなイメージを感じさせない風景だ。お母さんの姿は見えなかったが、多分この後小町通り辺りで親子四人で食事でもするのであろうか、そんな勝手なイメージを浮かべてしまった。
 そう言えば、私も子供の頃、多磨霊園に連れて行かれる時、帰りに多摩川で船に乗って遊ぶという餌に釣られたことを思い出した。彼岸の墓参り、誰だって貴重な休日をつぶしてと、半分以上は義務感で渋々という人も多いに違いなかろう。現実問題として、新たに墓所を持つことなど、若い世代の家庭としたら、新居を建てることに次ぐ大事業なのだ。お墓のマンションのような施設もふえているし、最近は散骨を主張する人もかなりいるようだ。お墓事情も次第に変っていくのだろう。
 とんだ大脱線になってしまった。夏を越してふえた雑草を、妻とふたりで毟っていると、下の道に車の止まる音がした。私と三つ違いの、亡兄の娘とその娘夫婦の三人であった。五〇歳を前に病気で亡くなった兄の埋葬を機に、この鎌倉へ墓所を移したせいもあるのか、義姉は必ずと言ってよい程彼岸の入りには墓参りに来ていた。地元にいるのにいつも先を越されて、必ずコップ酒があがっているので、それと知れた。今年は数日前から腰痛で来られないという。草むしりを手伝ってくれ、一緒にお詣りした。コップ酒を忘れずに持ってきていた。
 不謹慎の謗(そし)りは免(まぬが)れないが、実は三人が車を降りた時から、しめた、これで帰りも歩かずにすむ、すぐそれが頭に浮かんだ。往きのバスといい、今日はラッキーだ、お墓参りをするといいこともあるものよとひとり合点(がてん)しつつ、口では、ここから朝比奈のインターへ出て、横横にのれば早く帰れるのに、などと言いつつ、足は車の中に半分入っていた。
 私の母は、深く日蓮宗に帰依していた。晩年、妙本寺の寺内に住んでいて、妙本寺に埋めてほしいと、強く言っていたので、分骨して妙本寺の墓地に、供養塔をたてた。結局は甘えて、その車で妙本寺まで運んでもらった。もう日暮れが近くなっていた。いつもならこの後、北鎌倉円覚寺の小津先生の墓へ行くのだが、雨もよいでもあったので、明日にした。
 山門を出たあたりで、今日は外食にしようか、と妻に言った。異存のあろう筈はなかった。
小津先生の老童謡「高野行(こうやこう)」の一節を思い出した。

 ばばぁの骨を捨てばやと
 高野の山に来てみれば
   (中略)
 今夜の宿の京四条
 顔見世月の鯛かぶら
 早く食いたや呑みたやと
 長居は無用そそくさと
 高野の山を下りけり
   (後略)

京都四条に及ぶべくもないが、今夜はてんぷらの「大石」にでも行くとしようか。
山内 静夫
(鎌倉文学館館長・KCC顧問)

鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネルガイド」
平成17年11月号掲載
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