春三題

5月の絵  たしか彼岸の中日の翌日に、横浜で桜が開花したというニュースを聞いた。三月二十六日頃という長期予報より一週間近く早い。その翌朝、隣家の門前のたった一本の桜に五、六輪の白い花びらがついていた。隣家と言っても身内の者の家で、五年程前、恥ずかし乍らわが家には植える場所がないので、そこへ植えさせて貰った。二年目にはお情け程度の花をつけ、年毎に増えてはきたが、到底ひとに自慢できる程のものではない。翌朝も又早く起きて見に行ったら、一番地面に近い枝に前日の倍位咲いており、見上げると、蕾がピンク色にふくらんで、今にも一斉に開花しそうに見えた。一年の中で、春が来たと感じる時が一番心弾む。

 小島政二郎の書いた「俳句の天才 − 久保田万太郎」という本がある。私の愛読書のひとつで、時々書棚から取り出してくる。自分で句を作ってみようという気など毛頭ない。この本の万太郎の俳句を読んだら、誰だってそんな気にならないと思う。作意というようなものは一切見えない。一瞬眼に映ったものがそのまま句になってしまう。こんな句がある。
    時計屋の時計春の夜どれがほんと
 今はもう全くと言っていい程こんな光景は見かけないが、町の時計屋さんに柱時計が壁いっぱいに掛かっていて、動いていたり止まっていたり、年配の人なら誰でも思い当たるような何でもない町の一こまが、春の夜、の四文字で見事な俳句の世界を生み出す。久保田万太郎は、東京下町の生れである。

 下町と言えば、神田須田町の一角に今も残る老舗数件が、和風建築の保存建物に指定されたそうだ。蕎麦の藪、まつ屋、鳥なべのぼたん、あんこう鍋のいせ源、甘味の竹むら、奇跡的に戦火を免れて昭和初期の姿そのままだ。味も情緒も何十年と変わっていない。来る年も来る年も、一つのことを追い続けて生きているお店である。それは桜の木が、年毎に花の数をふやして生き続けるのに似ているようにも思える。春が来て、心が浮き立つ中に、何事も生ある限りは、という厳しい声が聞こえてくるように思える。万太郎の句をもう一つ。
    鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな

(S・Y)

鎌倉ケーブルテレビ広報誌
「チャンネルガイド」
平成13年5月号掲載
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