大蔵幕府旧蹟
(おおくらばくふ・きゅうせき)

 

大正六年(1917)三月建之 鎌倉町青年会


碑文

今を距(へだて)る七百三十七年の昔 治承四年(1180) 源頼朝邸を此の地に営後覇権(はけん)を握るに及びて政(まつりごと)を此邸中に聴く 所謂(いわゆる)大蔵幕府是なり 爾来(以後) 頼家(よりいえ) 実朝(さねとも)を経て 嘉禄(かろく)元年(1225)  政子薨(こう:死)じ 幕府の宇津宮辻に遷(移)れるまで 此の地が覇府(はふ:幕府)の中心たりしこと 実に四十六年間なり

説明

今から820年前の1180年に、源頼朝がこの場所に屋敷を建ましたが、権力を得てから後には政治を屋敷内で行いました。いわゆるこれが大蔵幕府であります。それ以後、頼家(よりいえ)、実朝(さねとも)と続き、1225年頼朝の妻の政子が死に、幕府が宇津宮辻に移るまで、この場所が幕府の中心であり、その期間は46年間でありました。
位置
雪ノ下3-11-45清泉小学校の南西端で,頼朝の墓所から南方200メートルに建つ


Copyright (C) Kataoka & Hattori / Kamakura Citizens Net 2001 All rights reserved.