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編集部員のリレー随筆(20)

愛蘭土紀行(その1) 2005.6.15〜6.29

−アイルランド紀行(その1)−
作者:亜郁


アイルランドには、一昨年と昨年に各2週間、行きましたが、今回は最初の旅に ついて書きます。
司馬遼太郎の街道をゆく『愛蘭土紀行』にならって、ロンドン から列車でリバプールに行き、私はフェリーで首府ダブリンに渡りました。

お目当ての一つはロングルームという名の図書館

オコンネル通りの案内所でB&Bを予約して、ルアスという市電に乗って、宿に行 きました。部屋に荷物を置いて、すぐまたルアスです。
先ずトリニティ大学に行きました。お目当ては、アイルランドの至宝「ケルズの書」 と「ロングルーム」と呼ばれる図書館です。
「ケルズの書」は、世界最古の書物の一つで、680ページの牛皮製で、新約聖書の 4つの福音書が収められています。8〜9世紀に僧院で完成したそうです
保護のため、週1度、ページをめくるとか。動物などが鮮やかな色彩装飾が施された 豪華な装飾写本でした。
ロングルームに入ると、古書特有の匂いが鼻をつきました。その広さ、蔵書の多さ に圧倒されました。最も古い蔵書が20万冊です。
街はポリ袋などが散乱して汚いですが、道行く人は見ず知らずの私に笑顔を送っ てくれます。とてもフレンドリーな国民とは、本で知っていましたが、嬉しくな りました。
近くにある、新宿の歌舞伎町みたいなテンプルバーに行くと、若者が屯してます。 パブに入り、先ずはアイルランド到着を祝って一人ギネスで乾杯です。
ゲール語でスロンチェと言います。日常、英語が使われていますが、第一公用語 はゲール語だそうです。この後、この町のシンボルの一つ、リフィー川に架かる ヘイペニー橋を渡り、市電に乗って帰宿です。停留所のそばにもパブがあったの で、ここでもギネスを飲みました。
いつもと同じく早い就寝で、翌朝、前日のメモや支出の整理などです。

リフィ川に架かるヘイペニー橋
 
ギネス・ゲスト・ハウス
(リフィ川に架かるヘイペニー橋)
(ギネス・ゲスト・ハウス)

2日目は、旧工場を利用したギネスのゲストハウスへ。ギネスの出来るまでが、 階を上がるごとに理解できるように、展示、説明が書いてあります。
最上階のラウンジで、出来立てのギネスを飲みながら市街を一望です。 町の中心地へ戻る途中、小腹が空いたのでレストランへ入りました。黒1点いる 女子大生のグループが昼前からギネスをきこし召していました。
で、私も May I join you とか言いながら写真を撮ってもらいました。

ああ、大勘違い!夜と朝のはざまで

宿に戻り仮眠したのが敗因でした。目が覚めたら、7時過ぎていました。今日は バスツアーに参加します。

ジェイムズ・ジョイスの像
  急ぎ荷をまとめて集合場所へ。バスが中々きません。 出発の時刻を過ぎても。
夕方なのに朝と勘違いしたのでした。

さあ大変。宿は引き払ったので今日の宿 がありません。
近くにあるジェームズ・ジョイスの像のところで途方にくれまし た。
その近くにあったホテルのドアマンが別のホテルを紹介してくれ、タクシーも呼 んでくれたので、何とか宿にもぐりこめました。
やれ嬉しやで、レストランで遅い 夕食をとり、1階にあるパブに行ってギネスでした。
(ジェイムズ・ジョイスの像)

翌朝、走る格好で外に出たら、道路の向こうには干潟が広がっていました。
この日、バスツアーで教会遺跡のあるグレンダーロッホへ。バイキングの襲撃を 受け、上って難を逃れた塔が残っていました。


グレンダーロッホの教会廃墟
 
パブでダブリーナ達とギネス
(グレンダーロッホの教会廃墟)
(パブでダブリーナ達とギネス)

初めて会ったアイルラン人と5時間、飲んで、語って、はしご

ダブリンに戻って、アイルラン人の走り仲間(一時、FRCに在籍)の友人に電話 をかけ、パブで落ち合いました。ここで4時間近く、筆談を交えて話しながら、 ギネスです。ギネスの注ぎ方の講釈もありました。この後、一人がテンプルバー のパブのセッションで演奏するというのでそこへ移動すると、すごい混みようで, 演奏が始まると、熱狂と興奮のルツボと化しました。ディスコへ行ったことのな い私は、アイルラン人のガールフレンドからの nice guy に気を良くして昨日の 悲劇を補って余りある有頂天となりました。
翌日はバスに乗って、海岸沿いをハイキング。歩き出す前に寄ったパブで似顔絵 を描かれました。

車中での女子大生との会話、筆談

コークへは列車で移動しました。心理学専攻の女子大生と同じ席になり、2時間、 あれこれ会話を楽しみました。日本にも行きたいと。
紹介された宿はバスで10分ほど入ったところでした。荷を置いてバター博物館、 風見鶏のあるアン教会に入り、狭い階段を上ると、鐘が幾つもあり、ひもを引っ 張りましたが、鳴りません。塔の上にある4つの時計は別々の時間を指していて、 20年前に合わせたとか。国民性を表していると思いました。出口で昇段証明 書をくれました。近くにパブがあり入ると、おっちゃんがこっちさ来いと手招き します。テーブルについてあれこれと小1時間談話。外に出て、肩を組んで記念 撮影でした。
その翌日は、「ケリー周遊路」13時間のバスツアー。何人かのハイカーを見まし た。チャップリンの銅像がある所で腕を組んだところをパチリして貰いました。 翌日、あいちきゅう博のアイルランドパビリオンにコックを派遣しているという イングリシュ・マーケット内のレストランに入りましたが、生憎、オーナーの 姉妹は出張中で不在でした。

パブで出来たての詩集を恵贈され、「庭の千草」を歌う

近くのパブに入り、横にいた紳士に、「私は、汽車に乗ってアイルランドのよう な田舎に行こう、で始まる『汽車に乗って』という丸山薫の詩で、御地に来まし た」と言ったら、感激したとみえて、今出来たばかりの詩集だが、と言って贈呈 してくれました。その詩人の詩も3篇載っていました。この後、城への3時間の バスツアーに出かけた後、さっきのパブに行ったら、ピアノを弾いていて、客が 歌っていました。イギリスから半年出稼ぎに来ているという男と談笑。その男が 歌ったので、私も飲んだ勢いもあって庭の千草 The last rose of summer を リクエストしました。アイルランド古謡です。敬意を表しました。1番を2回繰り 返し歌いました。終わると万来の拍手と握手攻めで大感激!でした。

バスでゴールウエイに移動し、紹介してくれた宿は遠いので、途中あったB&Bに 行き、玄関で交渉、OKでした。応接室で山盛りのパンやケーキを少し頂いて繁華 街へ。

パブでのセッション
(パブでのセッション)

2軒のパブに2回ずつ入り、最後のときは、30歳代の女性と意気投合しま した。You are tryinng best.と。


アラン島の大断崖から恐る恐る首を出す

その翌日は、もう一つのハイライトのアラン島訪問です。行くバスの中でデンマー クからきたという2人のおばちゃんと会話。バスの前を牛が数頭ノロノロ行くの で進めない場面も。島内をレンタサイクルで回りました。
二十数年前に行った司馬はこの島の貧しさを書いていますが、それは今は昔で、 カラフルな家が建つ観光立島となってました。
この島の圧巻は長く続く高さ90mの垂直な断崖絶壁の上から大西洋を覗くこ とでした。頭一つしか外へ出せませんでした(笑)

こわごわ大西洋の波涛をのぞく
 
ドン・エンガスの断崖
(こわごわ大西洋の波涛をのぞく)
(ドン・エンガスの断崖)

港へ帰るとき、向こうから来たマイクロバスの運ちゃんがこちらを見てニコニコ しながら親指を突き出したのには、恐れ入りました。ことほど左様に、ファミリ アーなのです。
孫への土産などを買い、外へ出たらスコットランド衣装のバグパイプ奏者が いました。それではと、かの地の民謡「蛍の光」をリクエストしました。その後、 一緒に記念撮影。入ったパブに、島であった日本人観光客のグループに再会しま した。北アイルランドから下りて来たと。15日で44万円超とか。

また、行きたいアイルランド!

1時、ご帰館。翌朝見たら、パブで書いてもらったメモが5ページもありました。 バスでダブリンに戻り、同じルートでロンドンに戻りましたが、車内で、世界旅 行に出かける2人の息子を見送りに行くという大きな幼稚園の園長さんと、会話 &筆談。貴国から百数十年前に導入した鉄道は、今や世界最速の新幹線に発展し たとチョッピリ自慢。
ロンドンで泊った安ホテルはキングスクロス駅近くで、旅があと12日間後だっ たら、あのテロ爆発に遭遇してたかも、という付録付きでした。 「人は人が一番!」を再確認した旅でもありました。



作者:亜郁  制作協力:ひろさん


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