鎌倉にゆかりのある方にお話を聞く…第17回 My 鎌倉
今回のゲスト
植松タカオさん(テナーサックス奏者)
 19歳でプロとして活動を開始する。3年後にはリーダーアルバムを発表、1972年には、ニュヨークのカーネギーホールで行われた「ニューポート・ジャズフェスティバル」に、日本人ではじめて出演。その後数多くのセッションに参加するとともに、自己のグループによる演奏活動をしている。最近では、ボーカルのKAKKOのアルバムでの演奏及びプロデュースを手がけている。このアルバム、活動の情報はhttp://www.gene.or.jp/~jm/で見ることができる。

「鎌倉に帰りたい」

 僕は仕事がら、地方にツアーに出掛けることがあります。たいていは夜のステージなので、その晩はホテルに泊まっても、朝一番で帰るんです。テレビを見たり本を読んだりして時間を潰して、寝ないで朝一番の新幹線で帰ってくる。僕はね、鎌倉に帰りたくってしょうがないんです。鎌倉は、空気が全然違うんです。科学的な空気という意味ではなくて、なんというか、ただ部屋の隅に座ってるだけのときに感じる、リラックスした雰囲気とでもいうんでしょうか。鎌倉に帰ってくるとき、戸塚を過ぎて北鎌倉に入っても、僕が住んでる由比ヶ浜近辺とは微妙になにかが違うものですから、まだ「あぁ鎌倉に帰ってきた」という感覚はありません。 鎌倉駅から江の電かタクシーに乗り込むとき、やっと帰ってきたという感じになります。 寝ないで帰ってきてるわけですが、家に着いたから改めて寝るかというとそうではなくて、それからまた活動します。他ではやりたくもないんですけど、この辺りに帰ってくると何かしたくなるんですね。家に帰ると、とりあえず楽器はそのままにして、テニスコートに向かいます。今はテニスに夢中なんです。あとは犬の散歩でしょうか。家にはポコとアリスという二匹の犬がいるんですが、そういえばテニスの仲間たちに知り合ったのも、犬の散歩をさせていたときがきっかけでした。鎌倉に来たのは、6〜7年位前ですが、それまで僕は東京の恵比寿の辺りに住んでいました。その頃は仕事が終わるのが大体夜の11時半くらいでした。それから楽器をしまって、のんびりみんなと話して、「それじゃあお休み」って言って帰るのが1時30分か2時。遅いときは3時ぐらい。でも恵比寿だから、ステージのある六本木とか青山から車ですぐに帰って来れるんです。そして眠るのが5時くらいで起きるのが11時くらい。ほぼ毎日、そういう生活が続きました。夜はいつまでも明るくて、都会独特の雰囲気を楽しんでいたんでしょうね。 しかし、鎌倉に来てからは生活は完全に変わりました。夜7時から8時になると、ほとんどお店が閉まってあたりは真っ暗になる。どこか行こうにもお店を知らないですから。そしてとにかく静かなんですね。風が吹けば風の音が、雨が降れば屋根に当たる雨の音が聞こえる。鳥は啼くしもちろん夏なら蝉も鳴きます。初めの1年半くらいは、あまりに静かなのでノイローゼ気味になったほどでした。しかし、それを通り過ぎると、今度は自然の音がすごく心を癒してくれるんです。都内に住んでた時からずっと一緒に仕事をしているジャズクラブのオーナーとか、同じミュージシャン連中などに言わせると「鎌倉に住むようになって、サウンドが変わった」とはよく言われます。簡単に言えば、音が健康的になったということらしいです。それからテンポということもあります。例えばバラードを演奏するとして、僕の出すテンポは他の人にとってはたまらないぐらい遅く、止まりそうに感じるらしいんです。でも、僕はそれがすごい気持ちいいんです。変わったということは、僕としては喜ぶべきことなんです。仕事を終えて打ち上げをして、2時か3時までみんなで酒飲んで酔っぱらっても、僕は一人で朝には帰るんです。「なんで朝一番に帰るの? 仕事?」って聞かれても「イヤ仕事じゃないよ。ただ帰りたいから」と言うんです。ただ、鎌倉に帰りたいんです。
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