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| 日野俊基の墓 ひのとしもとのはか |
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葛原岡神社の境内、木立のなかに宝篋印塔がひっそりと立つ。日野俊基は後醍醐天皇の命を受
け、執権北条高時の時代に鎌倉幕府打倒を企てた公家のひとり。事が事前に漏れ京都で捕らえら
れたが、一度は赦された。しかし、再び討幕を企て、鎌倉に送られた後、この地で斬首された。
その死の直前、移送される俊基が化粧坂にさしかかったとき、俊基の家来である左衛門尉助光が
警護の侍に懇願し、俊基の妻からの手紙を渡すことができたという。俊基は「秋をまたで葛
原岡に消ゆる身の露のうらみや世に残るらん」という辞世の歌を詠み、この世を去った。翌1333年、
新田義貞の大軍がこの岡を越えて鎌倉に攻め込み、鎌倉幕府は終焉を迎える。現在、俊基の墓は
国指定の史跡となっている。
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