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「観る」

 覚園寺   かくおんじ

 建保6年(1218)北条義時がこの地に大倉薬師堂を建立したのが始まり。その後、永仁4年(1296)北条貞時が心慧上人を開山に、覚園寺として再建した。境内の入口には愛染堂、その先に薬師堂、移築された古い民家の内海家住宅が続き、本堂手前に地蔵堂が建つ。もとは四宗兼学だったが、明治初年に古義真言宗となった。

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  • JR・江ノ電鎌倉駅よりバス大塔宮10分終点下車 徒歩10分
  • 拝観は10時、11時、12時、13時、14時、15時の6回(雨天休)
    8月、12月20日〜1月7日休
  • 拝観料 300円

 



〈愛染堂〉

 入口右手に広がる竹林の中に建つ。明治38年(1905)に旧大楽寺本堂を移築したもの。非公開だが、鎌倉時代後期の作の愛染明王坐像や、阿 (しゅく)如来坐像、大楽寺の本尊であった不動明王坐像などが安置されている。

 
写真:愛染堂

〈薬師堂〉

 茅葺き寄棟造りの屋根が特徴的な建物。現在のものは元禄年間に再建された。堂内の正面に鎌倉有数の巨像である本尊の薬師三尊坐像をまつり、左右には薬師如来を守護する十二神将立像が取り囲む。その一つである戌神は源実朝暗殺を北条義時に夢の中で告げたと伝える。

 
写真:薬師堂

〈地蔵堂〉

 鎌倉時代に作られた黒く煤けた地蔵菩薩立像を安置。この地蔵は業火に焼かれる罪人の苦しみを和らげようと、地獄の番人に代わり火焚きを行い、そのため焼け焦げてしまったという。この言い伝えから黒地蔵≠竍火焚き地蔵≠ニも呼ばれている。周囲に黒地蔵の分身とされる千体地蔵が並び、祈り続けると千体のうち一体が亡くなった人の姿に変わると伝えられている。8月10日の縁日は盛況。

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写真:地蔵堂

 

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